秋田にて~


秋田の観光   ⑤

武家屋敷通りを進みます。 
石黒家・青柳家・岩橋家・河原田家・小田野家・松本家の六軒の内岩橋家に成ります。

岩橋家は会津からの芦名氏譜代の家臣でしたが、主家の浮沈の運命に翻弄されながら、佐竹北家の組下となり、
禄高も減少しましたが、屋敷の広さはほとんど変化しておらず、上級武士の家の様式をとどめています。
芦名氏の重臣で、芦名氏が絶えた後は佐竹北家に仕えた家柄です。
屋敷は江戸時代末期に改造、屋根も茅葺きから木羽葺きに変えられ現在の形になりました。角館の中級武士の屋敷として、間取りなどに典型的な形を残しています。

角館はしばしば火災の発生で多くの家屋が類焼しました。特に明治33年の大火では262戸を失くしますが、このとき、東勝楽町で焼失を免れたのが岩橋家と河原田家です。岩橋家の屋根は、もとは萱葺きでしたが、明治30年頃に木羽葺きに替えたおかげで、大火でも焼けなかったといわれています。 ・・・ 角館観光ナビより


岩橋家の黒塀です。塀の向うに、見学の観光客が見えます。





岩橋家の入口です。





岩橋家に入りました。





「岩橋家のカシワ」  ①  赤松、山モミジなどの樹木が多く、なかでも樹齢250~260年と推定され、柏の巨木は、秋田県内でも非常に珍しいといわれています。 柏の木がこの家のシンボルです。 





「岩橋家のカシワ」   ②





「岩橋家のカシワ」  ③





「岩橋家のカシワ」  ④ 「天然記念物 岩橋家のカシワ」の杭です。





柳の樹も大きいですね~~~





はなずおう? 黒い塀に似会う!!





本当に、緑豊かなお屋敷です。





岩橋家の案内板です。少々お洒落気が無い?





河原田家  ① 河原田家は、戦国時代に芦名氏の譜代として会津から角館へ移って本家100石、分家50石を拝領していました。芦名氏断絶後は佐竹北家の組下となりますが、幕末から明治にかけて分家が著しく発展し、明治24年に裏町からこの東勝楽丁へ移り住んだとあります。 黒々の屋根が綺麗です。




河原田家  ② お隣倉橋家から美しいので写したもの・・・サツキ





河原田家 ③  燐家河原田けとの境は簡単な木で出来た生け垣です。





河原田家 ④ 矢張り大きな木立のつつじも美しいお庭です。





大通りにそびえ立つ面白い木です。





こんな不思議な形です。





お食事処?





生もろこしのお店です。





もろこしの由来が記されてる案内板です。  「唐土庵」





大きくしてみました。 打菓子ですか? 





お店の品を拝借しました。


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