信州の旅

善光寺にて~  ③

善光寺大本願の様子です。
大本願は、善光寺の創建(西暦642年)当初からその歴史を共にしてきた尼僧寺院で、代々の大本願住職、尼公上人が善光寺上人として、その伝統を継承されてきました。

現在は浄土宗の大本山で、浄土宗の宗祖法然上人と二祖聖光上人とが善光寺如来の夢告により、法縁を結ばれたり、浄土宗西山派の祖証空上人、三祖良忠上人、その他数多くの浄土宗系の高僧たちにより信濃に念仏の教えが広められました。また、孫弟子、諏訪の蓮仏が北條時頼の帰依を受けて善光寺への信仰が広められ、善光寺信仰が大衆の心に大きく生かされました。  

江戸時代、慶長6年(1601)徳川家康によって大本願を歴代住職とし、大勧進は経理面を担当するように制度化されました。  ・・・ ホームページより



善光寺大本願 ①




善光寺大本願  ②




善光寺大本願  ③




善光寺大本願  ④





善光寺大本願  ⑤




善光寺大本願  ⑥




善光寺大本願  ⑦ 




「念ずれば花ひらく」  




伐折羅大将像?




又宿坊、淵之坊の前を~




なまこ壁のお蕎麦やさん




善光寺参道(敷石). 1714年完成。当時の敷石の枚数は7777枚、現在では6千枚強。

今から300年近くも昔のこと―――
江戸に大竹屋平兵衛という大きな石屋がありました。一人息子がいましたが、酒と女におぼれ、家に寄り付かなかったそうです。
ある夜、平兵衛の家に盗賊が入りました。突き刺したところ、それは我が子だったのです。

店をたたんで巡礼の旅に出た平兵衛は、最後に善光寺へやってきました。寺の近くの桜小路(現在の桜枝町)に住んで、毎日お参りをしていました。ところが本堂は完成したばかりでしたが敷石はなく、参拝者が難儀をしています。石屋だった平兵衛は敷石の寄進を思い立ちました。

テーマ : ちょこっとお出かけ写真
ジャンル : 写真

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そんないわれがあったのですか。
知りませんでした。善光寺の敷石。

>今から300年近くも昔のこと―――
>江戸に大竹屋平兵衛という大きな石屋がありました

遊び呆けた息子ですか?
クルーズにのめり呆けて、あの世にいったら、親父に突き殺されないか? ちょっと気になりました。トホホ。

緑が綺麗な、さすがの、たえこさんの写真です。

盆明けもアチチ!

hiroshiさん   コンニチワッ~

面白いお話しですね~~ 善光寺の敷石
出来すぎ?
私も検索で知りましたよ~~

>親父に突き殺されないか?
ハハハ~~~  大丈夫ですよ~ 
悪い事して無いんですから e-343
旅行社、船会社、航空会社の経営に貢献です。世の為、人の為です!!! e-461

善光寺は、ご開帳の時に行きましたが・・凄い人。人でユックリ見る暇無かったです。

紅葉も良いけれど目に青葉の季節も好きです♪緑が良いですね。

長野。岐阜良い所です。古里を離れて思いますww

明日楽しみです・・が、娘がダウンしてます^^;

大丈夫と思います♪

まあ~そうですか?

mayumiさん コメント有難う!

昨年は、お開帳は人出がスゴイんで、息子たちは善光寺まで行くの諦めたって言ってました。
私達は其の反動? 静かでしたよ~ 良かったわ~

暑いからお嬢さんも体調崩されたんですか?
働いてる人に過酷です。

呑気な我々が、心苦しいこの頃です。
楽しみに待ってますが、無理しないでね!!
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