油津にて~

油津のラスト

鵜戸神宮と飫肥城&城下町のツアーを楽しみ、バスで油津港に戻りました。
天気にも恵まれました。 
油津港の周辺を眺めたり、出港イベントのご婦人方の踊りも有ってご苦労様でした。
しかし 戻らぬ人が居て予定の時間になっても出港が遅れて何となく気の抜けたものでした。

宮崎の皆さんお世話様でした。

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虹色のテントやイベントテントでお土産の出店有りました。



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海苔のおせんべいを試食、美味しかったので買いましたネ~



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踊り手のみなさん  ① ご苦労様でした!



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踊り手のみなさん  ② 手持無沙汰のみなさん



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帰ろうかな?



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虹色のテントも仕舞う準備完了



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飫肥城のユルキャラ「にちなんぢゃ様」もお出ででした。



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「にちなんぢゃ様」も手持無沙汰~~ ご苦労様



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甲冑姿のお侍も~~



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油津港の様子  ① 材木の集積場です。



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油津港の様子  ② トレーラーがシートで覆われて居ます。



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油津港の様子  ③ クレーンはお仕事中



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油津港の様子  ④ 材木の工場?



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油津港の様子  ⑤ 夕方になりました。



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油津港の様子  ⑥ 遅れていたご夫妻が、必死で駆けつけて乗船。 
まもなく出港~ お二人はどんな思いで駆けてきたか? 何ともツライ様子でした!!


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油津港の様子  ➆ 穏やかな海です。 



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油津にお別れ~


翌日は釜山に寄港です。

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飫肥(オビ)の街

宮崎の観光   ⑨ 

飫肥城下町は、江戸時代の武家屋敷町、町人町、寺町などの町並みが多く残され、文化財保護法に基づく重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。往時の面影を色濃く残し、代表的なのが大手門から右手方向へ進んだ「武家屋敷通り」と「横馬場通り」と呼ばれ、石垣と武家門が残り日本の伝統に触れることができる。
ここは屋敷の広さが900坪もあった高級武士の屋敷も立ち並んでいた場所で、東端には幕末に家老を勤めていた伊東伝左衛門の母屋部分と庭園が残っていて、無料で見学することが出来ます。

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石垣と白壁が美しい「武家屋敷通り  旧高橋源次郎家 入口 貴族院議員の家です   



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左の方の家は、旧山本猪平家入口(豪商)の家です。 小村寿太郎生誕地の隣です。 



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小村寿太郎生誕地の碑  



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小鹿倉家  ①  明治時代後期に振徳堂裏手に移築され、その後1921(大正10)年に現在の武家屋敷通りに移築されました。老朽化のため市が改修整備し、平成16年から公開しています。


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小鹿倉家  ②  飫肥(おび)を代表する古民家のひとつ「旧小鹿倉家」



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小鹿倉家  ③ 2015年に日南市へ寄付された「旧小鹿倉家」 
   

          
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本町商人通り  ① 商家ですね~



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本町商人通り  ②



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本町商人通り  ③ 向うは安藤商店



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本町商人通り  ④ 手づくり郷士賞の彫られた石です。     



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本町商人通り  ⑤ 野口雨情之碑  【 山の中でも  日向の飫肥は 杉で名高い 城下町】   とある。



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本町商人通り  ⑥ 本町商人通り、完成記念碑



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本町商人通り  ➆



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八幡馬場通り方向 ?

  

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黄色い彼岸花  ① 彼岸花が咲いて居ました。



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黄色い彼岸花  ②  黄色の彼岸花は、厳密には赤い彼岸花とは種類が少し異なります。
花言葉は・・・  「深い思いやり」 「追想」 「元気な心」 「陽気」 だそうです。



飫肥の散策はこれで終わります。

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飫肥城下町

宮崎の観光  ⑧
伊東家5万1千石の城下町の面影が有る街並み散策です。

飫肥城下町は、江戸時代の武家屋敷町、町人町、寺町などの町並みが多く残され、文化財保護法に基づく重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

代表的なのが大手門から右手方向へ進んだ「横馬場通り」と呼ばれる石垣と武家門が残る武家屋敷通りです。ここは屋敷の広さが900坪もあった高級武士の屋敷も立ち並んでいた場所で、東端には幕末に家老を勤めていた伊東伝左衛門の母屋部分と庭園が残っていて、無料で見学することが出来ます。
飫肥は、天正16年(1588)から明治初期までの280年間飫肥藩・伊東氏5万1千石の城下町として栄えたところです。武家屋敷を象徴する門構え、風情ある石垣、漆喰塀が残る町並みは、昭和52年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

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武家屋敷通り ① 上級武士の武家屋敷通りです。



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武家屋敷通り  ②



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武家屋敷通り ➂



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後町通り  鯉の遊泳地付近   ①



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後町通り  鯉の遊泳地付近  ② 外国の方も写して居ます。



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後町通り 鯉の遊泳地付近  ③



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後町通り 鯉の遊泳地付近  ④ 石垣と白壁が美しい「武家屋敷通り」



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門の有るお家  ① 何処のお屋敷か不明



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門の有るお家  ② 



DSC_7488旧高橋源次郎家
旧高橋源次郎家 入口 貴族院議員の家です
高橋家住宅は、飫肥城下町の町家筋である本町通りのほぼ中央に南面して立地している。飫肥の実業家で貴族院議員高橋源次郎が建築した。主屋の屋根は寄せ棟で飫肥地区において、それまで茅葺きであった民家が瓦葺きへ転換していく初期の建築としても価値が高い。

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スーパー戸村に置いてる焼肉のたれが「松田 丈志」さんのお好みだそうでバスガイドさんのお勧めで買いました。
松田 丈志さんは、宮崎県延岡市出身の日本の競泳選手。アテネオリンピック・北京オリンピック・ロンドンオリンピック・リオデジャネイロオリンピック日本代表でした。


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鯉の遊泳地  ① スイスイ泳いでいます。
鯉が泳ぐのは、飫肥城から大手門通りを南へ下り大手門交差点を渡った町中にある「後町(うしろまち)通り」と呼ばれる通りです。
飫肥城下町は酒谷川(さかたにがわ)に囲まれた水郷の町で、昔は酒谷川から生活用水を引き込んでいました。現在は役目も薄れてきた掘割には城下町の風情を活かすために錦鯉が放流されています。

長く観光客の目を楽しませていた鯉が突然居なくなったのは2012年9月のことで、鯉ヘルペスの発生が原因でしたが、その後消毒が済み2年半後の2015年4月に復活しました。
城下町散策途中、閑静な風情が続く後町通りで鯉に出会えば旅の疲れが癒されるおススメの場所です。

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鯉の遊泳地  ② 水路が広くなっています。 餌場?



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鯉の遊泳地  ➂見事な錦鯉デスネ~~



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鯉の遊泳地  ④ 案内板


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飫肥(オビ)の街

宮崎の観光  ➆

愈々飫肥城です。
伊東氏5万1千石の城下町・飫肥は、石垣や武家屋敷など、風情ある町並みが残されています。

飫肥は、九州の小京都と呼ばれています。
今はのどかな風情を残していますが、戦国時代は、薩摩島津家と伊東家で80年にもわたる長い争いが続いていました。
島津氏の支配の後、羽柴秀吉の九州征伐で活躍した功績により、伊東氏は大名へと復活、飫肥の地を与えられ、
1588(天正16)年から明治初期まで約280年の間、この地を治めることになりました。

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飫肥城大手門前に飫肥城の標柱が設置されたのは2014年だそうです。



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大手門前に立てられた歴代藩主の旗です。



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大手門を潜り飫肥城の石垣です。



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飫肥城内は天守閣などは有りません。



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飫肥杉が林立の旧本丸跡です。



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旧本丸跡は、大手門から城の中へ足を踏み入れると、往時の面影を残す石垣と飫肥杉の緑が出迎えてくれます。石段を上がると、広い空間の四隅に4本の杉が植えられていて、その中心に立って空を見上げると4本の杉の枝が空に十字を描いているのが見えます。ここは「しあわせ杉」と呼ばれ、中心に立つと幸せパワーが授かるパワースポットとなっているので、素通りせずパワーをもらってください。・・飫肥ブログより

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飫肥城歴史資料館の前には高校生が外国人の役立つため?語学勉強の為にもガイドをされていました。
女子学生は声掛けにモジモジで可愛い~~



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大手門の案内板を写して城下町散策です。



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飫肥城下町案内図



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小京都・飫肥に育った庶民の味として親しまれてきた「おび天」。 飫肥藩時代から伝わる。 「おび天茶屋」 有名らしいです。



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国際交流センター小村記念館です。 記念館は日本の近代外交の礎を築いた明治の外交官小村寿太郎の遺徳・功績を顕彰するとともに、国際化に対応できる人材育成や文化活動に寄与することを目的に平成5年1月に開館しました。


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側の石の柱が目立ちます。



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国際交流センター 小村記念館




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旧伊東祐正家住宅です。 伊東祐正は飫肥藩の殿様の分家の家だそうです。




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旧伊東祐正家住宅案内板



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飫肥(オビ)の街


宮崎の観光  ⑥

鵜戸神宮から次の観光地・飫肥(オビ)の街に行きます。
途中コスモス畑のお案山子を眺めて後、飫肥城に向かいます。

リンクは【飫肥城】を中心とした伊東氏飫肥藩5万7000石の旧城下町である。

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コスモス畑の案山子  ① 案山子に鯉のぼりが~~



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コスモス畑の案山子  ② コスモスはまだ咲きはじめ? イマイチです。



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コスモス畑の案山子  ③



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コスモス畑の案山子  ④ 沢山の案山子が並んでいます。



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コスモス畑と鯉のぼり  ①  左に泳いでる青いラインのは鯉ではないのも居たけど忘れてます。



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コスモス畑と鯉のぼり  ②  わざわざ停車して見せて頂いたのです。



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コスモス畑と鯉のぼり  ③ 鯉のぼりは5月なのに秋には何故?



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コスモス  ① 撮影が下手!!



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コスモス  ②  寂しいコスモス写し手が未熟!!



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コスモス  ➂ 何とも寂しいコスモス



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飫肥駅(おびえき)の前を通過です。



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飫肥駅(おびえき)は、宮崎県日南市星倉一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)日南線の駅である



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出迎えは、飫肥城のユルキャラ「にちなんぢゃ様」です。



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お城に向かいます。

次回はお城に成ります。


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